川柳とは
「川柳」は、今や公募の一ジャンルとして賑わいを見せていますが、今から260年ほど前の江戸時代中後期(18世紀半ば)に始まった「川柳評万句合(せんりゅうひょう まんくあわせ)」に始まります。
いわゆる前句付興行で、今の公募川柳と同じように開かれた文芸的遊びでした。柄井川柳(からい せんりゅう)という点者(今日の選者)が人気を集め、『誹風柳多留』という選句集が刊行されることにより江戸の第一人者となり、以後、代々「川柳」の名を継承する宗家を中心に句会形式で受け継がれてきた十七音の文芸です。
明治に入り、宗家の一派だけでなく広く川柳のグループが生まれ、西洋詩の影響を受けるなど、時代時代の社会や人間を十七音で捉える真の文芸へと成長し、今日では「短歌」「俳句」と並ぶ短詩文芸として楽しまれています。その「川柳評万句合」の点者(今日の選者)が「無名庵川柳」と名乗る浅草新堀端・天台宗龍宝寺の門前名主で本名を柄井八右衛門という人でした。この方の選者の号「川柳」が、没後にも慕われつづけ、やがて文芸ジャンル名に定着したのが「川柳」です。
今年生誕260年を迎えた葛飾北斎が「川柳家」であったことを御存じでしょうか。北斎は「卍」などの柳号(後述)で初代川柳評万句合(今でいう公募川柳の一種)に
団子屋の夫婦喧嘩は犬も喰い 卍
などたくさんの川柳作品を残しました。北斎の仲間で流行作家・柳亭種彦も歌舞伎役者の市村羽左衛門もそれぞれ「木卯」や「株木」の柳号で川柳を作っています。
江戸の多くの有名人が川柳の公募に参加して名を残していました。
公募川柳は、ある意味初代川柳時代の開かれた募集形態を踏襲するもので、誰でも作品を応募することのできる自由な文化の一つです。
どうぞ公募川柳を楽しんでください。
<参考> RyuTube(YouTubeの川柳番組)
- 公募川柳のコツ〜
川柳の土俵を守ろう
さて、「川柳」という文芸は、俳句と同じ「575」の形式(リズム)をもっています。これは、川柳が誹諧(はいかい)という文化から260年ほど前に独立した伝統文芸であるからです。
川柳には、「定型」と呼ばれるリズムの器があります。たとえば、
川柳の 公募へ夢を ふくらませ
は、
「川柳の」 (5音)・・・上五
「公募へ夢を」 (7音)・・・中七
「ふくらませ」 (5音)・・・下五
という構成です。仮名で書けば、合計十七文字になる形式です。最初の五音を「上五(かみご)」、次の7音を「中七(なかしち)」、あとの5音を「下五(しもご)」と呼びます。すなわち、川柳は、上五、中七、下五の三つの部分から成るのが基本です。
もちろん、上五が7音となり「755」といったリズムや、「89」という二つの部分で切れる「句わたり」といったリズムも存在しますが、十七音という定型の器を出ないのが基本です。
私の娘の高校の国語の先生が、俳句の授業を行った後「最近は川柳というものが流行っているのを知っているでしょう。俳句と同じ575という形式ですが、川柳の方は季語や切れ字を使わず、字余りでもなんでも好き勝手に読めばいいのよ。みんなで川柳を作ってみましょう・・・」と川柳を紹介したそうです。
これには困りました。最近の公募川柳では、リズムの悪い作品が多く見受けられますが、川柳も定型詩です。「好き勝手に読む」ということは、川柳のリズムの器、もっと言えば競争のための土俵を最初から出てしまうことにつながります。
専門の川柳家や文化人が選者となっている公募では、あまりにもいい加減で勝手なリズムでは、入選が難しいでしょう。
上五中七下五の「575」のうち、1か所で字余りになっても許されますが、それが2か所になるとリズムになり難くなります。
また、推敲して直せるような字余りや字足らずは、最初から形式で落とされてしまいます。中止して応募してください。
<参考> RyuTube(YouTubeの川柳番組)
- 川柳のリズム
音を数える
川柳が定型詩である以上、575に合わせてコトバの音数を数えなければなりません。
言葉の長さを「音数」といいます。
定型句では、一定の音数にすることがリズム感を生み、その音数で句の中に組み込まれることになります。
例えば「セクシーショット」という言葉を使いたいと思った時、この言葉は一体何音なのでしょう。
「セクシー」の「ー」は、伸ばす音で「長音」といいます。「し‐Si」の母音「i(い)」を伸ばすことですので「せくしい」といっても良いでしょう。仮名で4文字、すなわち「4音」です。「長音は…1音と数える」ということです。
カーブ かーぶ (3文字)→3音
サーカス さーかす (4文字)→4音
「ショット」は少し厄介ですね。小さな「ョ」と小さな「ッ」が同時に出てきてしまいました。
小さな「ョ」など揺れる音を「拗音(ようおん)」といいます。
順序は「じゅんじょ」で仮名にすると5文字ですが、拗音は「じゅ」で1音、「じょ」で1音であり、「順序」は3音です。「拗音は、大きな仮名と小さな仮名の一組で1音」です。
ネグリジェ ねぐりじぇ (5文字)→4音
丘陵 きゅうりょう (6文字)→4音
小さな「ッ」を促音(そくおん)といいます。詰るような音ですね。たとえば「ドッグ」は、極端にいうと「どおぐ」となりそうです。詰る音は、それで一音と数えることになります。
そこで先ほどの「ショット」は拗音「ショ」に「ッ」がくっついていますので、全体では仮名で4文字ですが、音数は3音ということになります。
国会 こっかい (4文字)→4音
バックアップ ばっくあっぷ (6文字)→6音
極端なのは、「救急車」でしょう。仮名で書くと「きゅうきゅうしゃ」と8文字ですが、拗音が3つもあるので音数は「5音」です。
音数は、経験により自然と身につき、数えずとも自然に17音にまとまるようになりますが、慣れないうちは声に出しながら指を折って数えてみることも大切でしょう。
<参考> RyuTube(YouTubeの川柳番組)
- 公募川柳のコツ〜川柳の土俵〜
雅号について
本来「川柳」は、文芸の一ジャンルです。公募川柳もそうあることを願いたいのですが、どうも応募者の意識は、「遊び」や「当てもの」といったところで、作品を大切にしてくださる応募者は、少ないようです。
まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる 遠くの我が家
第5回「サラリーマン川柳」
は、公募の中でも代表的名作です。主語もないのに、句の背景や心理、ペーソスさえ感じます。「言わないで感じさせる」のが、短詩型の極意で、まさにそれを体現した作品なのですが、作者名は、蛇足のように補足説明的な「遠くの我が家」でした。
これによって、作品の価値は、半減してしまいます。
号のつけかた
本名をそのまま雅号にしてもかまいません。
川柳は、十七音独立文芸です。それに叶う雅号(川柳では「柳号」ともいいます)をつけると一生楽しめるでしょう。
雅号とは、本名とは別につける雅(みやび)な名前のことですが、苗字まで変えたりするペンネームとはやや趣を異にします。
雅号は、本人を特定しながらも、川柳という〈遊び〉の世界で互に呼び合う雅な通称です。肩書きや仕事を離れたときの名と考えてください。いつも同じ号を使うことが大切です。雅号も大切な自分の一面を表す記号であり、あまりふざけたものにすると、後悔することになるでしょう。
川柳は文芸の一部であり、作品に責任を持たない〈匿名〉という顔を隠したものでは通用しません。また、流行キャラクターの名や有名人の名を使う方をときどき見かけます。これも柳号としては不適格です。雅号には、素顔の一部が見えないといけないということになります。
北斎は、「画狂老人卍」という画における号を使いましたが、川柳でも「卍」を使いました。柳亭種彦は、「柳亭」の「柳」の字を左右に割って「木」「卯」とし、「木卯」を柳号にしました。歌舞伎役者の市村羽左衛門は、そのまま「歌舞伎」の音をとって「株木」と号しました。それぞれ、作者のアイデンティティを残した号になっていますね。
私は、一泉(かずみ)という号で川柳をはじめましたが、女性で和美さんや一美さんが多く、句会で呼名(入選句の披講に際し名乗をあげること)をする時、紛らわしいので改名しようと思いました。しかし、長く同じ号を使っていると、多くの人が苗字より号で覚えていてくれるので、やたらに変えることができず、音を「いっせん」と改めることぐらいしかできませんでした。
号は、一度決めるとなかなか変えづらいものとなります。
「川柳」にも敬意を
長い川柳の選者生活で、驚いたり呆れたりしたことがあります。
私の号は、今では「十六代川柳」ですが、「一泉」の号で長く選者をしていました。そんな「尾藤一泉選」の川柳公募に「一泉」の号で応募してきた方がいらっしゃいます。本名が「一泉」であれば仕方ありませんが、ちょっと挑戦的ですね。
もっとすごいのは、私の父で、さらに有名な「尾藤三柳」という川柳の大家の号「三柳」で私の選する公募に応募された方がいらっしゃいます。ちょっとドッキリさせられます。もちろん上手い句であれば入選もさせましょうが、下手な句だった場合には、がっかりさせられるだけです。
さらには、「川柳」の号で応募する大胆不敵な方も見かけました。もっとすごいのは「川柳名人」とか「川柳大王」、「川柳仙人」など川柳という名称を使う方も見られます。
「川柳」は、作家の号ではなく点者…すなわち選者の宗匠名です。遊び意識の強い公募川柳への応募であったとしても多少の敬意を払うのが川柳応募しようとする時の心得でしょう。「川柳」は、この文化の発祥に大きな功績を残した「元祖」初代川柳の名称からきているからです。
<参考> RyuTube(YouTubeの川柳番組)
- 川柳のペンネーム「柳号」を自分でつけてみよう!
尾藤川柳
十六代川柳。川柳公論社主宰。女子美術大学特別招聘教授。
1960年、東京生まれ。
15歳より「川柳公論」にて川柳入門、尾藤三柳に師事。24歳で十五代・脇屋川柳に師事。川柳公論編集委員ののち「川柳さくらぎ」主宰、2016年、師三柳の逝去により川柳公論社代表となり「川柳はいふう」を主宰。2017年、十五世川柳逝去によりその允可によって「櫻木庵川柳」として立机、十六代目川柳を嗣号。
「社会の中の生きた川柳」というテーマで広く活動。
川柳普及の教室、著述、公募川柳選者を務め、川柳の行事企画者として2007年の「川柳250年」行事や、2009年の「川柳とマンガ—そのエスプリ—展」(群馬県立土屋文明記念文学館)2015年「柳多留250年」、2017年には「初代川柳生誕300年祭」、2019年には「北斎没後170年—北斎と川柳」行事など川柳の歴史文化発信の行事運営にあたる。
また、「川柳学」の推進により川柳文化の向上を目指すとともに川柳史料の散逸を防ぐため<朱雀洞文庫>(Web川柳博物館として公開)を整備して、史料の収集・保存・修復・研究・公開を行うなど川柳普及活動を行う。
著書に『川柳総合大事典』<用語編>および<人物編>(編著・2007)、『目で識る川柳250年』(2007)、『川柳のたのしみ』(2011)、『短冊の書き方と鑑賞』(2018)ほか入門的テキストや句集など多数。
ホームページ:
<ドクター川柳> http://www.doctor-senryu.com/
フェイスブック<尾藤川柳> https://www.facebook.com/senryu.bitoh
YouTube<川柳博物館> https://www.youtube.com/user/Issen575
YouTube<RyuTube>川柳入門 https://www.youtube.com/channel/UCVAXdQUgVSzrErmZy1O4vXg